2007年03月21日
| 昨年12月23日から土・日の一般公開が始まって以来、 12月23日(公開初日)、 1月20日、 3月3日に見に行ったハニフ1号だが、 3月21日に搬出となって、その日にさよならイベントが行われることがわかった。 新村車庫でその姿を見ることのできる最終日なので、そのさよならイベントに行ってきた。 | ||
| ハニフ1 | ||
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ハニフ1は、いつもの検修庫隣の車庫前ではなく、検修線に移動していて、春の陽を浴びて展示されていた。
アルプスの山並を見て過ごすのもこの日が最後である。 傍らには、ハニフ1に関する説明書があった。 |
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| サイドから。こちら側に陽が当たって見られるのは今までにあっただろうか? | ||
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| 荷物室と反対側から見たハニフ1。 | ||
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| 電気機関車ED301と並んで展示されていた | ||
| ED301 | ||
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個人的には、今日はこっちの方が目当てだったりして...。 もと信濃鉄道3号機で、信濃鉄道3号機→国鉄ED223→岳南鉄道ED223→西武鉄道A1→松本電鉄ED301という経歴を持つ。 信濃鉄道1号機は弘南鉄道ED221として現役、2号機は三岐鉄道ED222を最後に廃車され静態保存、 そしてこの3号機は車籍こそ抹消されてはいるものの新村車庫に存在と、輸入された僚機3両が全て現存している。 輸入電機として貴重な存在と思われ、ハニフ1号なきあと新村車庫の主的存在になるかと思われるが、 既に修理用部品が入手不能であること、内装にアスベストが使われていることなどより、復活は困難な模様。 最初の任地大糸線で走らせたいと思うが、残念だ。 |
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| 1エンド側より。 | ||
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| 2エンド側より。 | ||
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| サイドビュー | 台車部分 | |
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| 台車周り | ||
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ボールドウィン・ウエスチングハウスのメーカーズプレートが誇らしげ。 | |
| 電車 | ||
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3000系運転台。マスコン周りはシンプルだが、中央にずらりと並んだスイッチ類が目立つ。 運転席には自由に座ることができ、子供に着せる制服も貸し出していた。 |
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| 3000系の隣に留置してある5000系。車内には東急時代の名残も見受けられる。 東急を引退した後も各地の地方私鉄に散って活躍を続けた元東急5000系だが、 今稼働状態(でなくても可動状態)にあるものはいるのだろうか。 松本電鉄5000系となった一群も、車体構造ゆえに冷房化ができず、それが引退を早めたようだ。 話によると、ブレーキ扱いが難しいらしい。 新村車庫に留置してあるこの編成も、もう動かすことは困難だそうだ。 | ||
| 展示資料 | ||
| いくつかの資料が展示されていたが、ハニフ1に関するものは、ほぼ過去3回の公開レポートに掲載したので、 ここでは5000系車内に掲示されていた(中吊り広告として!)車両竣工図を載せる。 | ||
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| ED301。自重30tだからED30なのだそうである。 奈川渡ダム工事の際のセメント輸送用に、自重40tのED40が在籍していた時代もある。 | 上高地線用の電車「ホデハ1」。全長16mの木造ボギー車で、ポール集電だ。 | |
| 全長6m程の小型四輪単車「デハ4」。 浅間線用かと思ったが、松本電鉄のサイトの 「想い出の写真集」 には上高地線奈良井川橋梁を渡る3連の写真が載っているので、 上高地線で使われたことがあるのは確かなようだ。 | |
| そして、さよなら | ||
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| 展示の後、贈呈式、そして搬出となる。 搬出場所に移動するが、自走も被牽引もできない為、人力で押して移動した。 ポイント付近で動きが重そうだったが、それ以外は軽やかに移動していた。 私は当然現役時代は知らないが、それを思い起こさせるような走りだった。 | ||
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クレーンでの吊り上げ→搬出を待つハニフ1。心なしか寂しげに見えたのは、
新村車庫の、松本電鉄上高地線の主的存在がここから去ってしまう、ということがもたらすものだろうか。 鉄道博物館展示に際しては、極力デ968時代の復元を目指すということだ。 歴史資料としての復元は当然ながら良いと思うが、妙な脚色だけはやめてほしいものである。 |
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